Hommage a TOKIO KUMAGAI

パリをデザインの拠点とし、東京コレクションで発表を続けたファッションデザイナーの軌跡をたどります

『ハイファッション』1987年3月号 No.155 (一)

 夢のようなメンバーで実現した、この対談。未来を鋭く予見するデザイナーの視点にはただただ驚くばかりです。そして彼らの見た理想と、現在のギャップにも、今を生きる私たちには顧みることが多いのではないかと思います。一章ずつご紹介していきます。
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high fashion special
ビッグ対談 三宅一生VS熊谷登喜夫 
司会、構成 小池一子
文化を、人間の創造的な営みの総体と考えるとき、
ファッション・デザインもまた文化の一つの確かなジャンルとして把握しておきたいと思う。
これはファッションにかかわる人間に共通する意識であり、別のジャンルの人々のファッションに寄せる期待でもある。
ところがそのようなことを私たちはなかなか話す機会がない。
ここに実現した対談は、ファッション・デザイナーの領域が、多重多層にわたる関心の上に成り立つものであることを実証してくれた。折から開かれていた’87年春夏の東京コレクションで、
熊谷登喜夫のショーが示唆した内容が会話の軸となっている。(小池一子)

  • 一つの文化に執着しない、文化的無国籍の新人種が生まれてきている。

熊谷 僕は、ヨーロッパに住んでいて、日本にいる以上にポリティカルな問題を感じている。フランスには純粋なフランス民族なんて少なくて、ほとんどがミックスした人たちですね。ロシア系、アラブ系の人が入って、アフリカ系の人が入って。今、日本人ですよね。もうすぐ中国人でしょう。それぞれの人人が混沌とまじっていく町の中で、フランス独特のポリティックスに対する感性とオピニオンがある。民主主義だから、表現がとても自由でいろんな意見が出ている。言いたいことをみんなに言わせるということと、そういう自由を残すということが、つくづくフランスでおもしろいと思った。
そういう点で彼らは、アメリカ人とは違うところを持っている。
ヨーロッパの場合、日本人は特におとなしい性格の民族だから問題がないんだけど、アフリカ人やアラブ人に対する問題、宗教的な問題がある。二一世紀は宗教の時代だと言われるけれど、根本的にたどっていくと、違った考え方、違った宗教が共存できることを教えているのは仏教しかないわけね。日本は仏教国で、日常生活の中で神道と仏教が今も共存しているし、もう何百年と共存してきているでしょう。
仏教圏の人たちはアシミレート(同化する)していくけれども、回教徒なんてのはとても問題なわけですね。
このくらい飛行機が発達して、メディアが発達して、文化も人種もうんといる。フランスだけでなく世界中でそういった問題が起きている。インドでも起こりつつあるし、特に回教国、イランなどでも起きている。
イランのああいう文化革命的な宗教的な問題も出てきてはいるんだけど、これをアウトサイダーの目から見て、時代後れであるという表現はできないんじゃないか。それはとてもアメリカ的、西洋的な発想であって、その土地土地の文化があって、そのベースになる宗教が、まだまだ生き続けているところが、この地球上にはずいぶんたくさんあるわけね。
以前、アメリカに一〇か月ぐらい住んで、その後インドへ旅行を始めて、非常に大きい文化的な落差を知った時がいちばんショックだった。あまりにも自分の中に、アメリカの価値観が強かったところに、インドの電気もない生活を生まれて初めてしてみて、ものすごい感動があったんですね。僕は第一番に日本人であり、フランスに一七年間住んでいて、文化的には混血した人間だと思うんですね。一生さんもそうだろうし。そういう混血がこれからすごく出てくると思うんですよ。僕の友達にもたくさんいる。たとえば友達のアーティストのデュイは(namourOK注:Dui Seidデュイ・セイド氏)両親が中国人だけど生まれたのはミシシッピで、アメリカで教育を受けて、アメリカ籍なんだけれど、感性的には非常に中国人で、自分自身も中国人であるという意識が強い。今までの、日本人はこうでなければいけないとか、フランス人はこうであるという定型で分析した形から、新しい人種が生まれているんではないか。僕は”ニュー・レース”と呼びたいんだけれど、生まれた時から二、三か国語をしゃべれて、日本料理も、フランス料理もおいしくいただけちゃって、というそういう人たちの出てくる時代に入っている気がするのね。だから僕がショーで最初にやりたかったことは、”無国籍”ということ。新しい人種が二〇世紀の後半に生まれている。その新しい人種は、東洋とか西洋とか一つの文化に執着しないで、自由になれるということだと思うんですよ。
小池 普通の生活なら、今トキオさんが言ったようなことをみんなが感じたり、思ったりしているのに、ファッションになると別のことをやったりするでしょう。それぞれデザイナーの友人たちもいろんな考え方を持っているんだけど、ファッションになるとすごく規制されちゃうということがあると思うのね。それと、今トキオさんの言った”無国籍”とか”混血”とかの言葉は、内容が変わってきている。そこのところはアンタッチャブルと思われていた部分でしょう。
熊谷 日本で仕事をやるときに、外人のモデルにこだわる、西洋人がいちばん美しいという美意識の中ででき上がった既成の概念がいちばんいやだった。国籍が見えないほうがいいんじゃないか、というポジションを僕はとりたかったんですね。逆にそれに反発して日本人しか使わないのもいやだったんです。だから、白人も使うし、日本人も使う。極端なのは、ヒマラヤのガイドとか、お母さんがインド人でお父さんはスペイン人で生まれたのはケニアで国籍がカナダで住んでいるのはパリ、というような人もいる。
三宅 一種、時代がボヘミアンの時代になってきているということだろうか。
熊谷 日本人は極端なんですよ。一方で企業の人たちがヨーロッパに対してすごくコンプレックスを持っているくせに、東南アジアに行くと、ものすごく文化なんてない国だと思う。経済優先ですべてを進めようとする。僕は特別ポリティカルなことをやろうとか、フィロソフィを持ってやろうかとかいうことではなく、日常生活の中で、新聞を読んだりしていて出てくることで”こうだ”と考えることをポジションにとりたかった。
この『ハイファッション』を見て、そう感じてくれるかたがいたら、すごくいいと思うんだけど。
これから僕たち日本人は、強い人たちになっていくんですよ。昔のアメリカとか、西洋人と同じレベルに入っているわけですよ。経済的にも、文化的にも日本人は世界中から今、特別視されていますから。サミットだって、白人の西洋系以外では、今日本しかないわけでしょう。そうした場合に、一昔前、西洋人のやった植民地的な、ああいう考え方はまずいと思うんです。そうじゃなくて、その国にある文化に敬意を払い、共存する考え方をしていかないと。