
アンアンで当時連載企画だった「people」というコーナーでの記事です。残念ながらライターのお名前の記載はありません。
*****
『トキオ・バイ・ドモン』の来年の春・夏コレクション準備のためにパリから帰国中のトキオ=熊谷登喜夫さんを訪ねました。
写真は写真はトキオのパリのブチックで、インタビューは東京でと、なんだか国際的な取材です。 トキオの作る素敵な靴の話をうかがいました。
anan(以下a)トキオさんの靴すごくいいですね。
トキオ 洋服のデザインもしてるんですよ。ハハハ...。
a どうして靴を作るようになたんでしょうか。
トキオ 偶然です。フリーで仕事をしていた頃、ピエール・ダルビーに靴をやってみないかっていわれて、そこでデザインした靴がすごくあたったんです。
a あたったって売れたことですか。
トキオ そうです。ELLEなんかもとりあげてくれましたし。で、その靴を見たフィオルッチが、すごく気に入ってくれて、飛行機のチケットを送るからミラノまでこないかって。
a 何年頃ですか?
トキオ '74年か'75年ですね。
a どんな靴だったんでしょう。
トキオ それがね、すごく安い靴だったんです。
a どのくらいですか?
トキオ 当時100フランくらいでしたね。木と布の靴で船底の踵でね、普通は踵の部分に布や革をはるんですが、それをむきだしのままにしてね。木にラッカーを塗って。そしてポプリンと組合せてサンダルを作ったんです。20色くらいでね。
a 値段とアイデアがうけた。
トキオ その靴と洋服を持って、フィオルッチに会いに行きました。男の服をつくるきっかけになったのもこの頃です。ちょうど靴と男物が同じくらいのスタートです。
a はじめは女の服ですね。
トキオ そうです、ああそういえば'73年頃、パリをすっかりたたんでニューヨークで10か月くらい暮らしてたんです。
a N.Y(ルビ:ニューヨーク)でもデザインの仕事を。
トキオ 遊びでした。そのN.Yですっかり刺激を受けてね。
大きなロフトにカジュアルでスポーティーな服をズラーッと並べて売る。サイズもたくさんあって、値段も安くてね、これからはこういう考え方がパリでもあるなと思ったんです。自分自身の洋服の着方も、変わったし。洋服に対するパリとN.Yの価値観の違いにショックをうけてね、メンズのデザインをどうしてもやりたくなって。安い大量生産のような服にデザイナーとしてのアイデアをいれたらいいんじゃないかと。それと同じ考えで靴も作って、フィオルッチに持っていったんですよ。そしたらすごく意気投合してね。
a N.Yで10か月も遊んでまたすぐにパリで仕事あったんですか。
トキオ そうですね。ラッキーだったんですよ。本当はN.Y発つとき不安だったんですけどね。
a で、フィオルッチと仕事をはじめたんですか?
トキオ フィオルッチは僕を気にいってくれましてね、好きなことをしてくれって。それでカジュアル・ウェアをね、僕とイタリア人のデザイナーとで始めたんです。
a 靴の方は?
トキオ もちろんやりました。当時、僕の大ヒットがあるんですよ。バスケットシューズが大好きだったので、デザインはそのままにして、金と銀で作ったんです。すごくヒットしました。その後で皆がコピーして街に氾濫したけど。
a そのコピーっていうのは問題にならないのでしょうか。
トキオ うーん。むずかしいね。法律的には問題にならないんじゃないかな。仕方ないというか。
a むしろされた方がいいとか。
トキオ いやその反対に、コピーできないものを作る。
a それはテクニックとアイデア。
トキオ そうだね。イメージとね。
a むずかしそう。例えば?
トキオ 靴だったら、イタリアの技術がトップでしょう。木型だけをずっと作りつづけている人もいるし、革にしても生れたての子牛を使ったり。これはコピーできない。表面だけ真似ても仕方ないものをつくる。
a そしたら値段が高いわね。
トキオ そう。だから僕、いまは、値段の高いもの作ってる。
a ハハハ...。N.Y帰りのときと考えが変わった。
トキオ いや僕は両極端に興味がある。いいものと、ベーシックな安いものとの組合せ、これが'80年代のモードだと思う。すべて高級ブランドでなんて、現代的じゃないよね。
a 例えばアンアンの読者、比較的若い人達が、いいものと安いものを組合わせる着こなしといったら、どんな感じでしょうか。
トキオ 例えば、上から下まで新しいもので揃えるというより、5年以上も着てる古いシャツに、今年のパンツやスカートを組合わせるとかね。
a ああそういう感覚ですね。
トキオ そう、いま古着風につくってあるものがファッションになってるでしょう。でもそういうのより、昔からあるお兄さんの木綿のシャツを黒く染めたり、ちょっと作り直したりした方が楽しいよね。おばあちゃんの古い着物を、ああおじいちゃんの着物の方がいま風かな、黒に地味な縞のなんかに他の布たしてスカート作ったり。
a でもセンスとアイデアがいる。
トキオ アンアンでそういうページやったらいいのに。
a あ、いいですね。
トキオ スタジオにミシンや染料おいてさ。モデルに着せながら工夫して、どんどん作っちゃう。おもしろそうだよね。
a 話をフィオルッチで靴がヒットしたあたりにもどしまして....。
トキオ フィオルッチで2シーズンくらい仕事したかな、で靴にすっかり興味を持ってね。その頃、サシャにいた友達が、一緒にやらないかといって。スポンサーもついてね。洋服もと思ったけど、すごい数のスタッフがいるし、靴だったら工場へたのめばいいし。ブチック持ちたかったのでね、で靴からスタートした。
a 『トキオ』のブチックが誕生したわけですね。あのトキオさんの靴の模様は手描きですか?
トキオ 手描きの部分もあるし、工場にまかせる部分もある。この夏の靴でね、10色以上も色を使ったのがある。カンジンスキーの絵からインスピレーションうけた靴でね。工場なかせなんですよ。
a トキオさんの靴ってアートみたい。作品ですね。
トキオ うーん。いままではそうだったけど、やっぱりオブジェとしてデザインする部門と、必要性に応じてはける靴とをやっていきたい。アクセサリーとしての靴の幅を広げていきたい。もちろんオブジェとしての靴はやるよ。これは僕の楽しみなんだもの。ハハハ。
a カンジンスキーの絵のイメージの靴ってどんな服にはくの?
トキオ パリの人達は普通にはいてるよ。だけど靴から洋服のコーディネート決めてくれたらいいね。来年の夏にはね、天国と地獄という靴をだすんだ。手描きでね、天国は空に雲の絵、地獄は炎のね、ハイヒールなの。
a 両方持っていたいわね。
トキオ あとね今年だけど、ハイヒールの先に目をかいたものもあるんです。
a まあおかしい。靴に目がついてるの!? 靴にのぞかれるみたい。
トキオ エキセントリックだけど外国ではヒットしたんですよ。ユーモアなんですよ。軽いんです。
a いいと思うわ、新しいと思います。いままでにない靴ですもの。値段はどのくらいなんですか。
トキオ 3〜4万円です。ブーツはもう少し高い。
a ブーツといえば、皆がはかなくなって久しいですが、今年の冬あたり、でそうですか?
トキオ 寒さとも関係すると思うけど、でそうな気がしますね。スカートの丈が長くなりつつあるでしょう。そしたらブーツが合う。ミニだったらペタンコのバレリーナの靴なんか良かったけど。
a もうパリはスカートの丈が長いんですか?
トキオ いや、両方でしょう。
a ヒールの高さはどうですか?
トキオ やっぱり2〜3センチの低めでしょうね。
a トキオさんの靴はハイヒールが多いようですが。
トキオ 僕は意識して作ってるんです。でもはやすぎるのかな。実際に売れてるのは、わりと低めですね。だけどペタンコの靴みんながはきだすのに5〜6年かかったから、まだハイヒールになるのに間があるかな。ヒールの高い靴はいてた人がペタンコに変わるのに、ずいぶん抵抗あったらしいけど、いまは、こんな楽な靴ないっていってるね、二度とハイヒールなんてはかないって。でも女は気が変わるからね、またきっとハイヒールはきだすよ。3年くらいのうちに靴の中心はキュッと細いハイヒールになるんじゃないですか。
a トキオさんの靴のアイデアはどこから生れてくるんですか?
トキオ エクスポジションとかね、絵であったり、まあいろんなものとの出会いですな、ハハハ...。
a いままで靴を作る人で、絵からヒントを得る人っていなかったんじゃないかしら。
トキオ そうかもしれないね。
a 今度、トキオさんの靴が日本でも買えるんですね。
トキオ そうですね、秋からね。
a 日本の『トキオ・バイ・ドモン』は男物ですが、女物を日本でやる予定はあるのでしょうか。
トキオ いやー、やることがたくさんあってね。やりたいけど、いそがないでいろいろやっていきたいね。男物でも、女の人に着てほしいですね。マニッシュな作りの方が、女らしさがでるんですよ。
a 女物の服を男が着るのは変だけど、男物は女が着られるから、女の方が得してるみたい。
トキオ パリでも僕の男物を、女の人着てくれてますよ。
a これから他に仕事の予定は?
トキオ パリでブチックをもう1軒だす予定なんです。あと来年の夏にはサントロペにも。僕の靴や服はやっぱりディスプレイして、皆に見てもらいたいんです。
a 楽しみですね。













